嫌いなものを考察しまくって地雷解消した話

はじめに

BLが苦手である。しかし、世の中にはBLを愛好する人がたくさんいて、SNSを開けば裸で頬を染める男たちが、テレビを付ければなぜか同性で絡みだすイケメンたちが出てくる。そして、私の好きな漫画もおおっぴらにはしていないが、元々BLっぽい要素がふんだんに盛り込まれている。

もはやBLは、ファミレスのグランドメニューに載るくらい女オタクの王道の趣味。ハンバーグくらいみんなが大好きなものとして認められているのだ。

しんどい。無視し続けるのも限界がある。だから私は考察しまくった。なぜBLは人に幸せを与え、私は幸せになれないのか。いったい何が人々に幸福をもたらしているのか。それが分かれば、完全無視するよりは不快感が和らぐだろうと見込んでいた。

そして私は、独自の方法でBLを分解することに成功した。楽しくはないが、もう以前のように苦しくなることはない。それを記念に記すことにする。

ちなみに、研究書や論文を読んで学術的に分析したとかじゃありません。完全に個人の頭の中の勝手な妄想で作り上げたものでございます。BLを愛好する人たちを批判する意図はありません。

それが作品である以上は、誰かの意思が入るもの

腐女子たちは言う「自己投影はしていない」。しかし、私は思う。

創作をする以上は、誰かの思想が必ず入るものだ。

少女漫画やなろう系は分かりやすい。主人公のヒーローやヒロインに自分を重ねて、他キャラとの関係性や作中の世界を疑似体験する。ヒーローになって、女の子にモテたい。それをほんの少しでも感じたい。叶えたい願望、世の中に伝えたい声があるから、物語というものは生み出されていくのだと私は考えている。何もやりたいことがないのに、タダで物語なんてめんどくさいもの、作らないと思う。

さて、ではBL作品はどうか。BL作品だってやりたいことが絶対にある。「男同士の恋愛の表現」がまず挙げられる。でも、私はそれだけでは納得いかなかった。そこで思考を止めてしまっては物足りない。何の解決にもならない。BLというものは、絶対にそれだけではない。なぜ男同士で恋愛しなければいけないのか。そして実際にどんな恋愛をしているのか。そしてそれらの根底にある、表現したいもの、願望とは何か。それが絶対にあるはずだと考えた。

BLでしかできない、叶えられない願望があるはず。それは単なる男性への憧れで片づけられない何かが眠っている。私はそこへ潜った。

BLでしかできないことがある

考えまくる中で気が付いたのは、BL作品でみられる表現や恋愛は、男女の恋愛とは全く異なるということだ。

例を挙げよう。

・攻め役の男性が受けを見初め、一方的にアタックする。レイプする。そこに明確な理由はない。

・受け役の男性は中性的であることが多い。男性らしい体つきをしていないし、内向的なタイプ。快楽に流されて相手を好きになってしまう。

・無条件にやたら馴れ馴れしいキャラクターが登場する。特に理由もなく相手に興味を持ち、友達以上の関係になろうとする。好き好き言ってくる。

・ホモカップルを応援するモブキャラクターが登場し、さりげなく2人を応援する。

・兄弟設定が多い。兄を慕う弟、弟の世話を焼きたい兄の図がよく見られる。兄弟間で仲良しであり、外の人間に興味がない。兄弟に執着しまくっており、ずっと2人で一緒に生きていきたいとすら思っている。

・人生の喜びが、人と一緒に過ごすことによってる人が多い。一人で楽しむ趣味がない。あっても薄い。一人遊びより、他人と絡むことを人生において優先するキャラが多め。わりと人に左右されやすい。惚れたり、影響を受けることが多い。

・キャラクターたちはイケメンだが、情けない姿を惜しみなくさらす。泣きだしたり、過去を否定したり、頬を赤らめ、恥ずかしくて死にたくなったりもする。男としてのプライド保持を努力していない印象を受ける。いくらイケメンでも、彼氏にしたいと思えないような男が出てくる。

と、BL作品が苦手な私からみた、腐向け作品あるあるだ。苦手なので作品を楽しむということをあまりしていないが、チラっと横目で見た限りだとこんな印象を持っている。そんなこと言っておいて、じゃあ少女漫画などの方には同様なことはないのか?というと正確には分からない。やってるかもれん。けど、BL作品あるあるは、高確率で夢女子向け界隈、少女漫画や乙女ゲームでは見られないと思う。

この例を見て、表現したいことは何かを考えてみた。BLでやりたいことってなに?男同士で恋愛?もっと言語化しよう。言語化できなくって今まで苦しかった。もっと知りたい。

そして私は導き出した。BLで表現したいことは、「依存的な恋愛」と、「男性キャラの多様な表現」なのではないか?それらを表現するのに一番適した方法がBLというジャンルなのではないかと考えた。

BLでやりたい恋愛は、男女ロマンスとは別路線

BL作品でよくみられる、「兄弟間でお互いに執着している」、「謎に好き好き言ってくる」、「肉体関係からはじまる恋愛」。これらを総合し、俯瞰してみてみよう。

めちゃめちゃ、依存的な関係だなと思った。

私は最近、ワンピースのアニメを観ている。ワンピースも男性キャラがたくさんいて、みんなで協力して旅をしている。しかし、ここではみんなちゃんと精神的に自立している。それぞれ一人ひとり夢がある。誰かに心酔したり、幸せのために犠牲になりたいから命を張っているのではない。己の野望のため、他人を頼らず、時には味方を裏切り、己の利益と他人の利益を擦り合わせた上で契約を結んで同じ船に乗っている。みんな、自分のために生きている。他人に入れ込まない。

しかし、BL作品群は違う。なんか、自分と他人の境界線があいまいである。「兄弟だから」を理由に自分が苦手とすることを依頼したり、無報酬で世話を焼く、焼こうとする人が多い。甘えたり、甘えられたりもよく見られる。誰かに心底惚れてしまい、とても興味を持ち、従順に従って機嫌を取ろうとする。一人遊びや、自分だけの世界で、楽しもうとするキャラが少ない、そういう描写があまりない。誰かしらに絡みに行き、交流することで人生を楽しもうとするシーンがよくある。

ワンピースでは、男たちは「協力」して、等価交換で労働契約を結び生活しているが、BL作品では、「あなたが好きだから無限に尽力する」的な、血縁関係などをベースにした無償労働が行われている。この違いを発見してわかった。

BL作品でよく好まれる恋愛観は、「精神的な依存関係」なのでは。ということ。

BL作品が表現したい、疑似体験したいことは、「精神的に依存する快楽」なのではないか?

つまり、めちゃめちゃ甘えたいんだな!という印象を受けた。

兄弟や恋人になれば、相手に依存して、自分が苦手とすることを代替してもらったり、性的サービスを得られたり、守って貰えたりする。兄弟だったら、自分の過去を知っているので、内面からも深く理解してもらえるし、一生涯繋がっていられる。相手から無限に愛情が得られる。攻め役は愛のギバー、受け役は受け取り側。

そしてこれらは、男女のロマンスでは表現が憚られる要素がふんだんであり、全力発揮できる場所こそがBLジャンルなのだ。

なぜ男同士でないといけないのか?

なぜ男同士の恋愛だと表現の幅が男女ロマンスと比較して広がるのか。

では、受け役の男性を、女性に転換して考えてみよう。

(BLの受け役がもし女性だったら・・・)

・イケメン男性に一目惚れされ、その日のうちにレイプされてしまう。快楽にほだされ、好きになってしまう。犯罪である。

・ヒロインは可愛いので、何も努力しなくても彼氏や兄から愛される。苦手なことはタダでやってもらい、寂しい時は抱きしめてもらえるし、夜は最高のセックスが受けられる。

・惜しみなく人にアタックする。いろんな人に好きということができる。

・人から必要とされ、イケメンの多様な姿をすぐ近くで見守ることができる。

・自分軸ではなく、他人軸で生きている。何もしなくても他人から愛されたい。気を引きたい。見返りはいらない。

・・・どうだろう。賛否が分かれる内容ではないか。

受けを女性にすり替えると、「イケメンからひたすら快楽を差し出してもらえるヒロイン」、「自分軸がなくても、他人から巻き込んでもらえるヒロイン」、「人目を気にせず好き好き言っちゃえるヒロイン」などの印象が浮かびあがる。

私は女性だから分かる。そういうヒロイン、うざいな。好みがわかれるよなあと。

「女性たるもの、ちゃんと美人で、与えられるばかりではなく、きちんとしなければ」という固定観念がある。夢小説も乙女ゲームも、ヒロインはちゃんと美人で、人格が整ったレベルの高さが求められている。ニートで異世界に行って、理由なくモテモテになるのを惜しみなくやってのける男性向け作品とは違う。ヒロインで願望を達成するには、制約がある。そこそこちゃんとしてなければいけない。

さて。では話を元に戻す。ヒロインを男性にしたらどうなるか。

「ふーん?なんか面白いね?!」となり、ヒロインよりは受け入れられる要素が大きく広がる。女性は女性を見たくないし、自己投影先として選別してから楽しむことが多い。しかし、男性ならばちょっと違う。男性がヒロイン役をやることで、嫉妬や選別は起きないし、いろいろな姿の男性が楽しめる。

BLが生まれるところって、ココだと思う。ヒロインではできないことを、男性ならできる。ここに気が付いた人が人が広げていった文化がBL。男女の恋愛では、楽しめる要素が限られている。なんでもできるわけじゃない。男女の恋愛でできなかったことをやる場所がBLなのだ。

あとはオマケ要素だが、女性として、異性たる男性の様々な姿を味わってみたい欲望はあると思う。喜怒哀楽や恥じらい、誰かを好きになってしまうなど。それもなんでもやってのけられるのが、BLというステージだと思った。男女の恋愛では、お互い「あるべき姿」を意識して、カッコつけようとする。情けない男はモテない。異性の前である程度カッコつけて、堂々と振舞うのがよしとされる。だけど、BLではなんでもオープンにできる。男女のプライドをとっぱらい、どんな姿でもオープンにしてみせられる。男性だって相手に甘えたり、恥ずかしくなったりしていい。女性から好き好き言うのは、あんまりよくない風潮とか現実にあるよね。

男女のあるべき姿がうざい、忘れたい。または、異性の知られざる姿を見たい。これが気持ちよく行えるのが、このステージなんだろうな。

考察を得てどうなったか。地雷処理の仕方

BLでやりたいことは、「依存的な恋愛」「男性の多様な姿を描写する」だと分析した。この前提に立って女性向け作品を見れば、以前と比較して楽に楽しめるようになった。

今までの私は、BL要素というものは、男性同士の絆を見せつけると同時に、女性との恋愛を全否定し、削除するものだと思っていた。「このイケメンは、生涯女性なんかに惚れない。彼には大切な兄弟や、崇拝する男性がいる。お前が入る隙はない。非売品だからそこよろしく!」と言われていると感じていたのだ。これは夢女としての私にはきつく、しんどかった。だって、好きになった人が生涯女に興味がないなんて、悲しいじゃないか。私は、イケメンだったら恋愛で負けてもイイ、女に取られるよりはまし。と思えない人間である。自分のスペックは棚に上げている。好きになったのに叶わない運命なのがしんどいのだ。だから、ファンサービスとしてBL要素がちりばめられる作品は地雷として忌避してきた。好きな漫画にそういうシーンが出てきたときは、頑張って忘れようと試みていた。

私は男性に自己投影することができない。自分の代替を用意し、愛されてみたいという願望がとても強い。愛着障害だから。どうせならイイ感じのヒロインを用意して、イケメンと恋愛してもらいたい。包み隠さず思う。男同士で絡んだり、根拠なく執着もっていたりすると気持ち悪いと感じてしまう。BLを楽しむ才能がまるでない。男性が男性に執着し、恋心を持つことは、火星人が地球人を愛し、守ることと同じくらい気持ち悪いと感じる。「あるはずがない」と思う方程式が強いのだ。これが才能なしの頭の中。どうせなら才能があればよかった。もちろん、現実においてのカップルさんたちはお好きにどうぞだと思っています。

そして今回、新たな気付きを得ることができ、地雷を取り除くことができた。BLで表現したいことは、依存的な恋愛である。甘えたいし、甘えられたいという人の願望でそれらはできていると思う。そこの関係性に憧れ、疑似体験したいと思う気持ちがあるから、その描写が盛んなのだと思う。ということはつまり、BL作品のイケメンたちは、女が嫌いなんじゃないんだと。

BL作品は、女が嫌いだから削除しているのではない。制限なく甘え、甘えられる関係を描きたい。それには女性は適していないから、キャストに男性を使っているのだ。その方が多方面で都合がいいのだ。いろんな姿の男性が見たいし、絡んでる姿見たいから。

兄弟に執着する理由は、親のような保護者に頼りたい気持ちの表れだし、謎にモブがカップルを応援するのは、世間に応援されたいという願望を反映してるんだと思う。どれも少女漫画ではなかなかできないこと。BL作品では、男女のロマンスのあるべき姿を破壊してやりたいことが全部できる。

BL作品は、ただ無邪気にその道の恋愛の美しさを表現しつくしているだけなのだ

そしてそれは、私が理想とする恋愛とは全く異なる。だから、恐れる必要なんてない。BL作品はそれの、私は私の、理想とするものがある。絆の結び方がある。お互い至上とするものが異なるから、どっちが正義なんて決める必要はない。信じたいものを信じろ。作り上げよう。と思った。

ちなみに、今の私の思考方法はこれ。

1.BL要素が出てくる。むやみに兄弟を慕ったり、男性に執着したりなどしている。

2.私「うーん、みんな甘えたいんだな!これを女性に対してやるとイマイチだもんね、わかるよ。べつにみんな、兄弟がこの世の万物の絶対的価値だなんて思ってるわけじゃないもんね。たまたまだもんね」

または、キャラクター=赤ちゃんだと思う。BLにとって、イケメンとは、赤ちゃんなのだと思う。BL作品は幼稚園。赤ちゃんだったら、泣き虫でも情けなくても、他人に依存していても許される。周囲の人間はニコニコして見ていられる。BLは、イケメンを、素敵な彼氏だとは認識していない。赤ちゃんみたいにすべての表情を味わいたいし、他の赤ちゃんと遊んでもらって、その様子に和みたいと願っている。だから、「この人たち赤ちゃんだから仕方ないよな」と思ってもアリ。

こう思って地雷を取り除けている。いけるいける。

楽しく作品を味わいたい。そのために・・・

私は別にBL作品とそれを愛好する人を批判したいわけじゃない。ただ、BL要素にストレスを感じる感性を持っているので、それに苦しんでいるだけだ。観なければいい話だが、この昨今、BLというものは女性向けポピュラージャンルとしてオープンになりつつある。「女性向け作品」として銘打ち、幅広い層を狙いに行くゲーム・アニメをやっていると、それっぽい描写がちらつく。冒頭でも述べたが、BLはもはや、マジョリティなのだ。嫌いな人なんか少数派の前提で市場を占めている。避けて通ることは難しい。ハンバーグを提供しないファミレスなんかない感じ。だから、私は今、女性向け大衆作品に手を出すことは諦め、一般的な作品を楽しもうと頑張っている。

私の願いはひとつ。楽しいオタ活ライフを送りたい。そのために地雷処理が必要だった。

「BLなんか表に出すな」ということも難しいし、腐女子になることも無理だった。だから、私は私だけの考えでBL文化を分解した。何の根拠もないが、これで私は救われた気がしている。

BLは、誰かの願いの元に行われている。キャラたちは、女性を否定も嫌悪もしていない。同性愛者でもない。別にちょっと仲良くなったからといってセックスに繋げなくていいし、セックスが絆の最高位でもない。キャラたちは、キャラの人生を生きていると信じたい。誰かに恋したからといって、その人の機嫌を取り続ける奴隷でいてほしくない。

まあつまり、私は「兄弟/セックス至上主義」、「依存的な恋愛」が好きではないのだ。別に好きだからといってやたらセックスする必要はないし、他人の機嫌取りに必死になるキャラクターに魅力は感じない。ワンピースみたいに、己の軸をしっかりと持ち、時には裏切りをする中で、健全に人間関係作ってほしい。無意味な首ったけ恋愛いらない。しかし、もしBLで、私が理想とする人間関係を見せてくれるなら、感動するかも分からない。セックスなし、依存なしで真面目に愛を描くなら。そういうのあるかもしれないが、少なくとも大衆向けメジャーなところではお目にかかれない。探すリソースもないけど。

作品を見るときは、公式で見せられてるもの=キャラたちの人柄 と捉えるのではなくて、キャラ達を裏で動かす黒子を意識する。そっちを考えた方がすっきりする。キャラはキャラであるが、何者かの人形でもある。裏の糸を意図として捉えて考察しろ。裏を意識すると見えてくる。

BLを好む人はとても多い。だから、ファンサービスとしてBL要素がちりばめられる。けど、私は努力しよう。キャラたちがいかにBLしようと、彼らは彼らの人生を生きているのだと信じる。または、私がその妄想を強めて補強する。それが私にとって一番いいことだ。

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