30代になったことの変化

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私、30歳超えています。加齢による変化、見た目以外には特にないかなー・・と思って過ごして居りました。けして自慢ではありませんが、揚げ物を食べても胃もたれしませんし、膝も痛くありません。アンチエイジングガチ勢でもありません。

ところが最近感じてきた変化が・・・

感受性が落ちてるのでは・・・?

なんて変化を感じます。まさか心が先に死んでいくなんて聞いてないぞ。詳しくお話しします。

なにが起きてるんだ?

①小説や漫画ドラマゲームでイケメン見てもドキドキしなくなった

20代までは、スマホゲームとかに出てきたイケメンにドキドキすることができました。そのお顔、スタイル、声を認識するだけで心が揺れてキュンとかの音が鳴りました。

しかし、今はそれが薄い・・・く、くやしい。本能が弱くなっている?どうしてだ・・・イケメンって顔がいいだけに思えてしまう。心は動かない。どうして・・・?

このことから、歳の差恋愛で年下に恋する年長者の方に尊敬の念が出てきました。それって才能じゃないか?私もう30代にして、魅力的な人でもそこまで響かなくなってきてしまっている。。それとも縁がないだけなのか。私の個人的な問題にすぎませんが。

②日常において新鮮味が感じられな

毎日スマホゲームのログインボーナスやデイリータスクをこなし、ゲーム内通貨を溜め、限定ボイスを開放することをささやかな楽しみとして生活していました。または、近所を散歩してたまに見かけた花や近所のお店でランチをテイクアウトしてみたり。日常の小さな変化が嬉しい時がありました。

今はなんだか全体的に把握済みというか・・スーパーのお惣菜はこんなもの、こんな味だろう、近所散歩しても仕方がないかもな・・とやる前から元気のない感想が出てきがちになっています。どうして。

いつのまにか目から光が消えたオトナになってしまっている。そ、そんな・・・そんなはずは。

③小さな失敗を気にしないようになった

感受性が弱くなったからといって、悪い事ばかりじゃありません。恩恵も沢山あります。

以前はかなり気にしていた日常や仕事の小さな失敗が、あまり響かなくなりました✨

私、ネガティブなので例えば買い物に行って、自動レジからレシートを取り忘れ、お店の人に注意される・・なんてことをやらかしたら、その日寝る前までずっと、「やらかした💦恥ずかしかったなあ~・・」と心ヒリヒリさせるタイプなんです。気にしているだけ損だと分かっていても。

しかし今はもう気にしません。「まあ、そういう時もあるよね」と。度重なる類似の失敗や、それより深刻な事態の経験値により、小さな失敗で心にダメージ受けていつまでも気にする、ということをする暇をなくしました。心の皮、分厚くしました。これはいいことです。ストレス軽減スキルです。

それでも感受性なきゃ困る

そんなわけで、感受性が薄くなりつつあります。うーん。ぶっちゃけ言って、前のほうがよかった!!

私はpixivで小説を書いています。感受性がなくなってしまったら創作力に影響が出るじゃないか。ちょっとしたことでドキドキしたり、嬉しくなったり、悲しんだりした方が、筆の材料になるというもの。

私の筆の原動力って喜怒哀楽なんですよね。これが薄くなったら筆が止まりそう・・いやだ・・

感受性って人生の総量が決まっているのでは、と考えたりしました。何かを好きになる熱量、夢中になれるパワー、辛い涙の総量は限りがあって、それが尽きてしまうと、無音の落ち着いた世界になるのかな・・と。鬼滅のカナヲが幼少期虐待を受けていて、「あるとき、ぷつんと音がして何も感じなくなった」というセリフがありましたが、それに近い何かを感じています。感受性、感じまくると擦り切れて何にもなくなる感覚。

あっ、ここで言ってることはただの個人の感想なので裏付けデータがあるわけじゃありません。

ここでウダウダ言っても色の変わった葉っぱが青々とするなんてことはありません。なんとかしなければ。感性を高めたい。

ではどうするか

どうにかして去っていく感性を遅らせて、新しい感性を取り入れたい。

とりあえず、本を読む、日記を書く、ユーチューブで推しのライブを聴く・・ってな感じで育てることにしました。

日々の心の動きを見逃さない!感性、野放しじゃなくて、育て続けるぞ!

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